第3話を読む
「仲間に入れてほしい」? サウジアラビアの接近 ~GCAPを揺るがすオイルマネーと地政学~
【特集】
日本の次世代戦闘機・GCAPをめぐる世界の攻防
– 日英伊共同開発の行方とサウジアラビアという存在感
第4話:日本のジレンマ
~なぜサウジアラビア参加に慎重なのか?~

前回は、中東の大国サウジアラビアが、日英伊が進める次世代戦闘機開発計画「GCAP」への参加に強い意欲を示している背景と、それに対してイギリスとイタリアが資金面などでのメリットから前向きな姿勢を見せている状況を解説しました。
巨額のオイルマネーと引き換えに、最先端技術へのアクセスと将来の戦闘機確保を目指すサウジアラビア。その熱意を歓迎する英国とイタリア。
しかし、この動きに対して、もう一つの主要な開発パートナーである日本は、明らかに慎重な、あるいは否定的な立場を取っていると報じられています。
なぜ日本は、英伊とは異なる反応を見せているのでしょうか?
その背景には、日本の国内事情や安全保障政策に根差した、いくつかの深刻な「ジレンマ」が存在します。
最大の壁? 「防衛装備移転三原則」
日本がサウジアラビアのGCAP参加に難色を示す最大の理由の一つが、日本の「防衛装備移転三原則」との兼ね合いです。
これは、日本製の武器や関連技術が、無制限に海外に輸出され、国際紛争を助長したり、日本の安全保障を脅かしたりすることを防ぐためのルールです。原則として武器輸出は禁止されていますが、日本の安全保障に資する場合や、国際協力に貢献する場合など、一定の条件下でのみ例外的に認められています。
GCAPにおける日英伊との共同開発は、日本の安全保障に不可欠であり、かつ参加国が法の支配などの価値観を共有するG7メンバーでもあることから、この三原則の例外として進められています。
しかし、サウジアラビアはG7メンバーではなく、人権状況やイエメン内戦への介入など、国際社会から懸念が示されている国でもあります。そのような国と、最先端の戦闘機技術を共同開発したり、完成品を輸出したりすることは、これまでの日本の武器輸出(防衛装備移転)に関する慎重な姿勢や、三原則の趣旨に反するのではないか、という強い懸念が日本国内には存在します。
サウジアラビアの参加を認めることは、現在進められている防衛装備移転三原則の見直し議論にも影響を与え、国内でのコンセンサス形成をより困難にする可能性もあります。
最先端技術を守れるか? 「技術流出」への強い懸念
GCAPで開発されるのは、文字通り国家機密の塊とも言える最先端技術です。特に、レーダーや電子戦システム、ソフトウェアなど、日本の得意分野の技術も多く投入される予定です。日本が開発の主導権確保にこだわった理由の一つも、これらの重要技術を自国でしっかり管理したいという思いがあったからです。
ここに新たにサウジアラビアが加わるとなると、これらの機密性の高い技術情報が、意図せず外部(特にサウジアラビアと関係が深いとされる中国やロシアなど)に流出してしまうのではないか、というリスクが高まります。これは日本の安全保障にとって、看過できない重大な懸念事項です。情報管理体制の構築や、共有できる技術レベルの線引きなども、極めて複雑で難しい問題となります。
スケジュールは守れるか? 「計画遅延」への懸念
GCAPは「2035年までの配備開始」という非常に野心的なスケジュールを掲げています。これは、日本のF-2戦闘機の退役時期なども考慮した、日本の防衛計画において重要な目標です。
しかし、プロジェクトの途中で新たな国が参加することになれば、要求性能の再調整、開発・生産の役割分担の見直し、複雑な意思決定プロセスなどが必要となり、計画全体に遅れが生じる可能性が指摘されています。「経験則では、共同開発のコストと遅延は参加国数の二乗に比例して増加する」とも言われるほど、参加国の増加はプロジェクト管理を難しくします。目標達成を重視する日本にとって、計画遅延のリスクは避けたいところです。
板挟みの日本:日英伊の協調と国益の間で
このように、日本にはサウジアラビアの参加を容易に受け入れられない、いくつもの理由があります。しかし、一方で、GCAPを成功させるためには、パートナーであるイギリス、イタリアとの良好な協力関係を維持することが不可欠です。英伊が前向きな中で、日本だけが強硬に反対し続けることは、プロジェクトの枠組み自体に亀裂を生じさせかねません。
サウジアラビアは日本にとって重要な原油供給国であり、経済的な繋がりも深い国です。そのサウジアラビアからの強い要望を無下に断ることは、二国間関係に影響を与える可能性もあります。
サウジアラビアからの資金提供は、開発費負担を軽減するというメリットも(否定は)できません。
日本は、自国の安全保障政策の根幹(三原則、技術管理)、プロジェクトの目標達成(スケジュール)、そして国際的な協調と二国間関係という、複数の要素の間で板挟みとなり、非常に難しい舵取りを迫られているのです。
まとめ
防衛装備移転三原則、技術流出リスク、計画遅延への懸念…。サウジアラビアのGCAP参加問題は、日本にとって単なる外交交渉ではなく、国の安全保障政策の根幹や、プロジェクトの成否そのものに関わる重大な課題です。メリットを享受したい英伊との間で、日本はどのような立場を取り、どう交渉を進めていくのか。
次回は、いよいよ5月に予定される日英伊(+サウジアラビア?)の防衛担当閣僚による会談に注目します。この重要な会議で何が話し合われ、日本のジレンマに対する何らかの答えは見出されるのか。最新情報をもとに、GCAPの今後の行方を占います。
第5話:緊迫!5月イタリア会談の行方 ~サウジアラビア参加は実現するのか? 最新動向~
画像出典:防衛省・自衛隊ウェブサイト(https://www.mod.go.jp/j/policy/defense/nextfighter/index.html)公共データ利用規約(第1.0版)(PDL1.0)(https://www.digital.go.jp/resources/open_data/public_data_license_v1.0)
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