第2話を読む
なぜアメリカではなかったのか? ~F-2後継機、日英伊協力へ至る道~
【特集】
日本の次世代戦闘機・GCAPをめぐる世界の攻防
– 日英伊共同開発の行方とサウジアラビアという存在感
第3話:「仲間に入れてほしい」? サウジアラビアの接近
~GCAPを揺るがすオイルマネーと地政学~

前回は、日本が次期戦闘機開発のパートナーとして、アメリカではなくイギリス、イタリアを選び、GCAP(グローバル戦闘航空プログラム)へと舵を切った背景について解説しました。
「対等なパートナーシップ」の下、2035年の配備開始を目指して動き出したこの巨大プロジェクト。しかし、その前途には早くも、予期せぬ、そして非常に大きな影響力を持つプレイヤーが登場しようとしています。それが、中東の大国、サウジアラビアです。
近年、サウジアラビアがGCAPへの参加、あるいは何らかの形での関与に強い意欲を示していることが、様々なメディアで報じられています。この動きは、日英伊3カ国の足並みに微妙なずれを生じさせ、GCAPプロジェクト全体の行方を左右しかねない、新たな焦点となっています。
なぜサウジアラビアは、GCAPにこれほどまでに接近しようとしているのでしょうか?
なぜGCAP? サウジアラビアの戦闘機事情
世界有数の武器輸入国であるサウジアラビアは、現在、アメリカ製のF-15シリーズと、欧州共同開発のユーロファイター・タイフーンという2種類の高性能戦闘機を主力として運用しています。しかし、彼らにはGCAPのような次世代機に関心を示す、いくつかの理由があります。
- 戦闘機の更新と近代化の必要性
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保有する戦闘機の中には旧式化したものもあり、将来にわたって防空能力を維持・向上させるためには、最新鋭の戦闘機を導入する必要があります。
- 欧州機導入の障壁(ドイツ問題)
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サウジアラビアは主力の一つであるユーロファイター・タイフーンを追加で購入しようとしましたが、共同開発国であるドイツが、サウジアラビアの人権問題やイエメン内戦への介入を理由に輸出承認を長年保留していました(※2024年初頭にドイツは態度を軟化させましたが、この問題はサウジアラビアに調達先の不安定さを認識させる一因となりました)。
- アメリカからの最新鋭機導入の難しさ
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アメリカ製の最新鋭ステルス戦闘機F-35の導入も模索した可能性がありますが、アメリカはイスラエルの軍事的優位性を維持する観点や、機密技術の(中国などへの)流出懸念などから、サウジアラビアへのF-35売却には極めて慎重な姿勢をとっています。
- 調達先の多角化
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このように、頼みの綱である欧米からの最新兵器導入が必ずしもスムーズに進まない状況を受け、サウジアラビアは調達先を多様化させたいと考えています。その文脈で、韓国が開発中のKF-21戦闘機にも関心を示している、という報道もありました(これはGCAP参加が不調だった場合の保険、という見方もできます)。
- 自国産業の育成(Vision 2030)
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サウジアラビアは、石油依存経済からの脱却を目指す国家戦略「Vision 2030」を掲げ、国内の防衛産業育成にも力を入れています。GCAPのような最先端プロジェクトに参加することで、技術導入や国内での生産・開発に関与したいという狙いがあります。
これらの事情が複合的に絡み合い、サウジアラビアにとってGCAPは、高性能な次世代戦闘機を確保し、かつ自国の産業育成にも繋がる、非常に魅力的な選択肢として浮上してきたのです。
サウジが望む「パートナー」としての参加形態とは?
サウジアラビアが目指しているのは、単なる「購入国(カスタマー)」ではなく、何らかの形でプロジェクトに関与する「パートナー」としての立場だと報じられています。具体的には、
- 巨額の資金提供
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何兆円にも上るとされるGCAPの開発費の一部を負担する。
- 完成機の購入
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開発されたGCAP戦闘機を将来的に大量に購入する。
- 技術へのアクセス
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見返りとして、開発される戦闘機の技術情報へのアクセスや、国内でのライセンス生産などに関与する権利を求める。
といった形での参加を想定しているようです。これは、計画当初からのメンバーである日英伊とは異なる形での関与であり、その条件や権利・義務をどう設定するかが、今後の交渉の焦点の一つとなります。
歓迎? それとも… イギリス・イタリアの前向きな姿勢
このサウジアラビアからの熱心なアプローチに対して、GCAP参加国であるイギリスとイタリアは、比較的前向きな姿勢を見せていると報じられています。
- 資金面のメリット
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やはり最大の魅力は、サウジアラビアが提供しうる莫大な「オイルマネー」です。巨額の開発費は日英伊にとっても大きな負担であり、サウジアラビアからの資金注入はプロジェクトの安定的な推進に大きく貢献します。
- 戦略的パートナーシップ
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イギリスやイタリアにとって、サウジアラビアは中東における重要な貿易相手国であり、安全保障上のパートナーでもあります。GCAPへの参加を認めることで、その関係をさらに強化したいという思惑があります。
- 防衛産業への恩恵
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将来的にGCAP戦闘機をサウジアラビアに輸出できれば、自国の防衛産業にとっても大きな利益となります。
今年(2025年)1月には、イタリアのメローニ首相がサウジアラビアを訪問した際に、GCAPへの参加を支持する意向を表明したとも報じられており、特にイタリアは積極的な姿勢を見せているようです。
メリットだけではない? 潜むリスクと懸念
一方で、サウジアラビアの参加はメリットばかりではありません。GCAPプロジェクト全体にとって、以下のようなリスクや懸念も指摘されています。
- 開発スケジュールの遅延
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新たな国が加わることで、要求性能の調整や役割分担、意思決定プロセスが複雑化し、目標である2035年の配備開始に遅れが生じるのではないかという懸念。
- 技術流出のリスク
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GCAPで開発されるのは最高レベルの機密技術の塊です。参加国が増えることで、これらの機密情報が意図せず外部(特に中国やロシアなど)に流出するリスクが高まるのではないかという懸念。
- 機密情報管理の複雑化
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参加国間での情報共有のルール作りや管理体制がより複雑になります。
- 人権問題などへの配慮
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サウジアラビアの人権状況や地域紛争への関与については、国際社会から依然として厳しい目が向けられており、こうした国を最先端兵器開発のパートナーとすることへの道義的な問題や、国際的な批判を招く可能性。
これらのメリットとデメリットを天秤にかけ、各国は難しい判断を迫られています。特に、武器輸出に厳しい制約を設けてきた日本にとっては、単純には受け入れがたい側面も多くあります。
まとめ
サウジアラビアのGCAPへの接近は、資金という大きな魅力と共に、計画の遅延や技術流出といったリスク、そして人権問題など複雑な要素を孕んでいます。イギリスとイタリアが前向きな姿勢を見せる中、日本はこの問題をどう捉え、どのような判断を下そうとしているのでしょうか?
次回は、サウジアラビア参加問題に対する日本のジレンマに焦点を当て、なぜ日本が慎重な姿勢を取らざるを得ないのか、その具体的な理由と背景にある国内事情などを詳しく見ていきます。
第4話:日本のジレンマ ~なぜサウジアラビア参加に慎重なのか?~
画像出典:防衛省・自衛隊ウェブサイト(https://www.mod.go.jp/j/policy/defense/nextfighter/index.html)公共データ利用規約(第1.0版)(PDL1.0)(https://www.digital.go.jp/resources/open_data/public_data_license_v1.0)
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