

第1部で触れたスペインとの摩擦は、氷山の一角に過ぎない。トランプ政権がNATOという巨大な枠組みを放棄しようとする真の動機は、より冷徹な「世界の再編」というグランドデザインに基づいている。
1. 「ドミナント・NATO(眠れるNATO)」構想
ヘリテージ財団などの保守系シンクタンクや、エルブリッジ・コルビー氏(元国防次官補代理)らが提唱する戦略的転換がある。それは、米国が欧州の「主たる守護者」から退き、欧州諸国が自立した防衛能力を持つまでの間、米国は核抑止力のみを提供するという「Dormant NATO(眠れるNATO)」への移行だ。
この構想の背景には、2026年現在も進行する「対中シフト」の加速がある。米国の限られた国防予算と軍事資産を、欧州に分散させる余裕はもはやない。コルビー氏は一貫して「米国はアジア太平洋での紛争に備えるために、欧州への関与を劇的に縮小すべきだ」と主張している。NATO脱退論は、単なる孤立主義の現れではなく、「勝てない戦域(欧州)を切り捨て、勝たねばならない戦域(アジア)へ集中する」という生存戦略なのである。
2. 「取引外交」への完全移行
トランプ政権が目指しているのは、NATOという「不特定多数との互助会」ではなく、「実利を共有する特定の国との二国間協定」への組み替えである。2026年3月のホワイトハウス声明によれば、米国は今後、基地使用や防衛協力に制限を課す国に対し、貿易制裁や防衛義務の個別解除を検討しているという。
これはもはや、従来の「同盟」の定義を根底から覆す、ビジネスライクな「取引外交(トランザクショナル・ディプロマシー)」への完全移行である。協力的なポーランドやイギリスとは深く結びつき、非協力的な国は切り捨てる。この選別こそが、トランプ流の「再編」の正体である。
3. 法的制約を無効化する最高司令官の権限
2024年に制定された国防権限法(NDAA)により、大統領がNATOを脱退するには上院の承認が必要という法的制約はある。しかし、憲法上、大統領は「最高司令官」として米軍の配置を決定する全権を有している。議会が脱退を差し止めたとしても、大統領が「欧州駐留米軍の全撤退」を命じ、NATO第5条が発動した際に「米軍を派遣しない」と宣言すれば、NATOは法的には存在しても、軍事的には死に体となる。2026年4月現在のワシントンの空気は、こうした「実質的な無効化」を辞さない構えだ。
4. 結論
NATO脱退論の本質は、米国が「価値観を共有する同盟」に幻滅し、「コストと成果を天秤にかけるビジネスパートナー」としての国際関係を求めている点にある。
スペインによる領空拒否は、米国に「欧州はもはや守るに値する一枚岩のパートナーではない」という決定的な口実を与えてしまった。この亀裂は、単なる外交交渉で埋まるものではない。我々日本にとっても、これは対岸の火事ではない。「守ってもらって当然」という時代は、2026年のマドリードとワシントンの決裂をもって、完全に終焉を迎えたのである。
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社会課題アナリスト。国際インテリジェンス・安全保障研究所の所長。専門は地域活性化/国際情勢/防災。研究所での知見を活かし、メディア「ゆるなご」に寄稿中。趣味はスパイスカレーと刀剣鑑賞。
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