第2回: 【連載】うなぎの未来を巡る物語:人の手で「産卵のスイッチ」を入れる

うなぎの完全養殖。その最初の、そして最大の壁は、極めてシンプルな問いでした。 「どうすれば、うなぎに卵を産んでもらえるのか?」

自然界では、成熟すると産卵のため故郷の海を目指すうなぎも、養殖場の環境では大人になっても産卵の準備を始めません。彼らの体内にある「産卵へのスイッチ」が、人の手では入れられなかったのです。

“魔法の鍵”ホルモンで、生命の扉を開く

この分厚い扉をこじ開けたのが、「成熟誘導ホルモン(GTH)」という、いわば“魔法の鍵”でした。

これは、魚の体内に「さあ、卵を産む準備を始める時間だよ」と指令を出す、特別なホルモンです。研究者たちは、このホルモンを親うなぎに投与することで、人工的に「産卵のスイッチ」を入れることに成功。ついに、人の管理下で、安定的にうなぎの卵を得る道が拓かれたのです。

この技術革新により、研究施設では毎週約200万粒という数の受精卵を確保できるようになりました。完全養殖という壮大な物語が、まさに動き出した瞬間でした。

最高のスタートを切らせるための“健康管理術”

しかし、物語はここで終わりません。ただ卵が手に入っても、その一つ一つが弱々しければ、多くの命はシラスウナギまでたどり着けずに消えてしまいます。

プロジェクトの次なる任務は、「いかにして、最高に質の良い卵を、たくさん手に入れるか」

そのために、研究者たちは親うなぎの“健康管理”に徹底的にこだわりました。

  • 親うなぎの“食事管理”: 産卵前の親うなぎの絶食期間を短く調整することで、より栄養状態の良い、質の高い卵が生まれることを発見しました。
  • “超クリーンな水”での卵の管理: さらに、「電解処理海水」と呼ばれる特殊な水で受精卵を消毒することで、細菌などから守り、より多くの仔魚を元気にふ化させる技術も確立しました。

こうした地道な改善の積み重ねが、大きな結果を生みます。かつては運頼みだった仔魚の誕生は、今や年間を通して安定的に行えるようになり、完全養殖の土台が固まったのです。

次の挑戦へ

国や企業、研究者たちが一体となって、うなぎの「生命の誕生」という最初の関門を突破しました。

しかし、生まれたばかりの仔魚は、まだ何も食べることができません。彼らにとっての“最初の食事”は、サメの卵を原料にした特殊な餌しかありませんでした。

このままでは、コストもかかり、安定供給もままならない。 次なる挑戦は、この小さな命を育むための「“奇跡の餌”開発」です。物語は、第2の柱へと続きます。


【連載】うなぎの未来を巡る物語

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