「怖いほどの大きな声」「いつフンが落ちてくるかとドキドキしながら歩いている」
これは、福岡市のある地域住民から寄せられた悲痛な声だ。初夏から秋にかけて、日没と共に現れる数千、時には数万羽にも及ぶムクドリの大群。彼らがねぐらとする街路樹の下は、耳をつんざく鳴き声と、絶え間なく降り注ぐ糞によって、人々が安心して歩くことすら困難な空間へと変貌する。
子供は恐怖に泣き、大人は空を警戒しながら足早に通り過ぎる。窓を開ければ騒音と悪臭が流れ込み、静かな夜は奪われる。これは福岡市だけの話ではない。今や、日本の多くの都市で同様の光景が繰り広げられている。ムクドリは、都市に住む私たちにとって、紛れもない「害鳥」であり、その被害は深刻な社会問題となっている。
しかし、これほど都市で猛威を振るうムクドリが、実は日本全体では数を減らしているという事実をご存知だろうか?
バードリサーチニュースに掲載された衝撃的な調査結果がある。1990年代と現在の生息状況を比較したところ、住宅地率が80%以上の都市部ではムクドリは「増加」している一方で、それ以外の多くの地域では「減少」していたのだ。
私たちの多くが抱く「ムクドリは増えすぎて困る」という実感。それは、都市という限定された空間で起きている、極めて局所的な現象に過ぎなかったのだ。
では、なぜ彼らはこれほどまでに都市へ集中するのか? そして、都市以外の場所で彼らの身に一体何が起きているのか?
この連載では、全4回にわたり、この複雑な問題の深層に迫っていく。ムクドリの被害に苦しむ現場の声を丹念に拾い上げ、全国の自治体が繰り広げる対策の最前線を報告する。そして、最新の科学的知見を基に、彼らが都市に集まる本当の理由を解き明かしていく。
これは単なる鳥害問題のレポートではない。ムクドリの群れが都市に送るシグナルは、私たちの生活環境そのものの変化を映し出す鏡である。
次号、第2回「なぜ都市へ? ビル壁、街路樹、安全なねぐらという引力」では、ムクドリが都市に引き寄せられる生態学的、そして都市構造的な要因に深く切り込んでいく。
【ムクドリ問題・集中連載】
▶︎ 【第2回】なぜ都市へ? ビル壁、街路樹、安全なねぐらという引力
▶︎ 【第3回】官民一体の攻防戦 ~全国自治体「ムクドリとの闘い」最前線~
▶︎ 【最終回】「共存」か「棲み分け」か ~減少する隣人との未来を探る~