
一枚の浮世絵に隠された嘘と真実。歌川国芳「相馬の古内裏」の謎に迫る

よし、じゃあ今月の定例会議を……って。
篠宮さん、また会議と関係ないものをモニターに映してないか?


やあ、二人とも。すまないね。
今度のウェブサイトのデザインで参考にしていたら、つい見入ってしまって。
歌川国芳の代表作とも言うべき浮世絵『相馬の古内裏』(そうまのふるだいり)。……美しいだろう?

待て。議論を始めるなら、まず事実とデータを整理する必要がある。そのタイトルは通称だ。正式な題名は『相馬の古内裏に将門の姫君瀧夜叉妖術を以て味方を集むる大宅太郎光国妖怪を試さんと爰に来り竟に亡ぼす』らしい。……長いな。
父は平将門――。復讐に燃える「滝夜叉姫」とは何者か?

で、真ん中にデカいドクロがいるが、これがメインの妖怪か?

ふふ、そう見えるよね。だが、この絵の本当の主役は、左で妖しく微笑む彼女…滝夜叉姫(たきやしゃひめ)さ。

その名前、データ上は平将門の娘、五月姫が妖術を会得した後の名だとされている。……父の復讐のために闇堕ちした時の、か……。

闇堕ち……。おっかない名前だと思ったが、そういうことか。親父さんの平将門って、確か……。

ああ。日本三大怨霊の一人だ。平安中期に朝廷に対して反乱を起こし、『新皇』を名乗ったことで討伐された。……非業の死を遂げた人物のデータは、いつ見ても心がざわつくな……。

そう。そして、この絵の舞台『相馬の古内裏』は、その将門が残した屋敷跡さ。タイトルにある「内裏」は天皇の住むところを指す言葉で、「相馬」は地名。下総国(※)にかつて存在した場所だね。
※現在の千葉県北部と茨城県南西部

父の無念を継いだ姫が、仲間を集めるために妖術で腕試しをしていた。そこへ、平家方に妻を攫われたという武者…大宅太郎光国(おおやのたろうみつくに)が噂を聞きつけて乗り込んできた、というわけだね。

なるほどな。じゃあ、光国が取り押さえてる男は敵か?

データ上は滝夜叉姫の臣下、荒井丸。光国を仲間に引き入れようとして、揉めている場面だ

OK、状況は分かった。つまり、『復讐に燃える滝夜叉姫が、乗り込んできた光国を、巨大なドクロの妖術で迎え撃つ!』って瞬間の絵なんだな!
【驚愕の事実】巨大ドクロは、原作には登場しない?絵師・歌川国芳の“発明”だった

…まあ、概ねね。ただ、一つ面白い事実があるんだ。

ああ。俺のデータが正しければ、この絵の元ネタになった山東京伝の読本『善知安方忠義伝(うとうやすかたちゅうぎでん)』……。その作中、この場面に、巨大な髑髏は一切登場しない。

はぁ?!じゃあ、この一番目立ってるドクロは何なんだよ!

そこが、絵師・歌川国芳の天才的なところさ。おそらく彼は、いくつかの要素を組み合わせて、このドクロを『発明』したんだ。

例えば、平家一門の物語では、平清盛が福原の都で無数の骸骨の怪異に遭遇する話が有名でね。これもまた、国芳と同じ時代の絵師である葛飾北為が描いた『福原殿舎怪異之図』だが……。


なるほど。『平将門の娘』+『妖術使い』=『平家由来の髑髏の怪異を使役する』という視覚的方程式を、国芳が独自に作り出した、という仮説が成り立つな。

その通りだね、一条くん。そして、その『視覚的方程式』を解くための、決定的で、もっと生々しいヒントが、当時の江戸の『大衆文化』にあったと僕は見ているんだ。

……大衆文化?データはあるのか?

ああ。当時、江戸で絶大な人気を誇った、竹沢藤次(たけざわとうじ)という曲独楽(きょくごま)の見世物師がいてね。彼の舞台では、巨大な顔の仕掛けが大ウケだった。国芳も、その見世物絵を描いている。

……待て。そのデータならある。国芳は弘化元年…1844年に、『流行道外こまづくし もゝんごまァ』という、その竹沢の興行にあやかった、独楽と巨大な髑髏の顔を組み合わせた戯画を発表している。

そして、この『相馬の古内裏』が描かれたのも、同じ弘化年間だ。……なるほど、繋がったな。

おお、そういうことか!つまり、『平家のドクロ伝説』っていう大きな背景がありつつ、直接のキッカケは、当時バズってた『デカい顔の見世物』だったってことか!

そういうことさ。大衆の熱狂を的確に捉え、自身の芸術に昇華させる。彼が最高のエンターテイナーでもあった証拠だね。
結論:この絵を「10倍楽しむ」ための思考のフレームワーク

……御託はそこまでだ。今日の話を整理するぞ。

要するに、この絵は『滝夜叉姫っていうヤバい姫様の話』が元ネタだが、一番インパクトがあるドクロは、国芳が『平家の古い伝説』を下敷きにして、当時『バズってた見世物』の面白さをトッピングした、オリジナルの創作だということなんだな。

つまり、『元ネタの事実』と、『当時の流行り』、そして『作者のサービス精神』。この三つの視点で見ると、古い作品はもっと面白くなる。これが今日の『思考のフレームワーク』だ。……で、本日の会議に入りたいんだが……。

おや、もう終わりかい?国芳の他の作品に見られる、彼の反骨精神の現れという視点からも、この髑髏を語ることができるんだが……。

その議論をするなら、まず江戸後期の出版統制のデータをだな……。

会議!!!!
- 著者
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歌川国芳(一勇斎国芳)
- 引用元
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国立国会図書館
※この画像はみやすくするために合成および独自の色調補正を行っております
参考文献:
高田衛・原道生(1987).『叢書江戸文庫18 山東京伝集』.国書刊行会
悳 俊彦・須永朝彦(1999).『国芳妖怪百景』.国書刊行会
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